ある日、その友から「私も信心をしたい」と連絡が。
以前にもらった励ましの手紙を、友人が悩みの渦中で読み返したのだった
▼妙法という幸福の種が、友の中で発心の芽を出したといえよう。
誰の生命にも備わる仏性は、縁によって開かれる。
仏法対話をしたことが機縁となり、時を経て仏性が芽吹く
▼信心の話を聞いてすぐに入会の決意をする人もいれば、しない人もいる。
大事なことは一人でも多くの人に妙法の種を植え、信仰の機縁をつくることだ。
日蓮大聖人は「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(御書552㌻)と仰せだ
▼「必ず」といわれている。仏法の話を聞いた人によって、受け入れる状態がそれぞれ異なるから、発心の時はさまざまだが、間違いなく時は来る。
仏とは能忍(能く忍ぶ)といわれる。
折伏は、仏の境涯を目指す仏道修行だ。
すぐさま仏法理解が得られなくても、忍耐強く、友の幸福を祈り続けよう。
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以前、仏法対話をしたけど理解されなかった友人が、大阪の地で入会していたことがあった。
大聖人の仰せのとおり「必ず仏になるなり」を体験したのも勇気の対話に臨んだから。
やはり下手くそな植え手でもやらないと先には進まない。