2011年12月22日木曜日

SEIKYO online (聖教新聞社):少女は4歳で失明した。

SEIKYO online (聖教新聞社):少女は4歳で失明した。

 少女は4歳で失明した。見えなくなったことが理解できなかった。走り回っては柱にぶつかる。生傷が絶えなかった。
あすは見えるようになるかもしれない。少女はまぶたをいっぱいに見開いて、見る練習をしたという
▼悲嘆と絶望を乗り越えて、一家は強く立ち上がる。少女は今、外資系通信社に勤務。ピアノもプロ級。随筆家としても活躍する。
彼女・三宮麻由子さんは綴っている。

人は〝絶望の温泉〟に漬かりがち。「希望に向かって邁進するよりも、絶望したと泣き暮らしているほうが楽」だから(『人生を幸福で満たす20の方法』NHK出版)
▼池田名誉会長は、宿命に泣く高等部のメンバーに「信心は感傷ではない。泣いたからといって、何も解決しないではないか!」と渾身の激励を送った。
1966年(昭和41年)、鳳雛会・グループの野外研修の折である
▼御書に「日蓮は・な(泣)かねども・なみだ(涙)ひまなし」(1361㌻)と。
私たちはここに、感傷に流されない、たくましい慈悲と同苦の心を見る。
他方、「絶望の温泉」という名の感傷に浸り続けるのが、念仏の思想であろう
▼勇気と希望を鍛えるための日蓮仏法である。立ち上がって生き抜くための、創価の人間のネットワークである。