『道義』
人としての正しい道
人としてふみ行うべき道。道徳。道理。
より良く幸福に生きたい。。向上心の強さの強弱が差を生み。。いつしか差別となる。
幸せは相対的でなく絶対的
人間らしく生きること。
いい時はそれなりに生きていける。
困難に直面した時、それを乗り越えられるかどうか。
困難を乗り越えた時、またそう決意した時こそ最高の幸福。
乗り越えるには勇気、挑戦の連続
「親子、家族の絆は強い。成仏のためには、生前の故人の信心が最大の要件であることは当然ですが、残された子どもなど、家族が真剣に題目を送ることによって、故人を成仏に導くことができます。
他界したあとは、回向される側の成仏・不成仏は、回向する側の信心のいかんにかかってきます。したがって、ご遺族など、回向する方々が、強盛に信心に励んでいくことが、大事になるんです」
次いで伸一は、仏法で説く、「逆即是順」(逆即ち是れ順なり)の法理に言及していった。「逆」とは逆縁、すなわち、仏の教えを聞いて正法を誹謗することであり、「順」とは順縁を意味し、仏の教えを聞いて素直に信心することをいう。
「逆即是順」とは、一切衆生は仏性を具えているがゆえに、たとえ正法を誹謗した人であったとしても、正法に縁したことが因となって、必ず成仏できることを説いたものである。
「ゆえに、南無妙法蓮華経という大法をもって回向するならば、物故者の生命が悪業をはらんでいたとしても、悪は即善と顕れ、成仏させることができるのであります。しかも、この題目の回向によって、自分自身にも福運と威光勢力が具わっていきます。そこに、私どもの追善の深い意義があります」
「私どもの生命は永遠であり、今世から来世、来世から、さらに次の世へと生まれていく。それを順次生と言います。そして、今世の所業によって次生以後の果報、すなわち報いが決定されていくと説かれています。つまり、無始無終に連続する生命活動にも、厳然と因果の理法が存するのであります。
今世において、御本尊を受持し抜き、強盛に信心を貫いた場合には、それが因となって来世の成仏が約束される。反対に、正法を誹謗した場合は、来世に無間地獄に堕ちる因をつくっていると説かれているんです。
したがって、今世において、人びとの幸福を願い、広宣流布の使命に生き抜いていくならば、どんなに辛く苦しい思いをしようが、たとえば、大弾圧の果てに命を奪われようが、来世の成仏は間違いありません」
三世の生命という法理を知ることから、正しい価値観も、人生観も、そして、真実のモラルも確立されるのである。
「司会者は、勤行の副導師を務めることもあるので、今日は、副導師の基本についても話しておきます。
副導師をする場合には、まず、導師の声をよく聴いて、その声に、合わせていくことです。導師を差し置いて、先に進んでしまってはならないし、遅くなってもいけません。
そのうえで、白馬が天空を駆けるような、軽快なリズムの勤行にしていくことです。
また、大人数で勤行をすると、読経も、題目も、だんだんと遅くなりがちです。副導師は、それに引っ張られてしまうのではなく、軽やかなテンポで、みんなをリードしていかなくてはならない。
さらに、読経の発音は、明瞭であることが大事です。そうするには、日々の勤行の際に、いい加減な発音になっていないか、息継ぎの場所は適切かなど、よく注意し、完璧な勤行をめざして、努力していくことです。
ともかく、音吐朗々と、さわやかに、力強い勤行を心がけることです。この九州訪問では、副導師の訓練もしていきます」
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唱題会ではテンポがバラバラであるとそっちにばかり気になって集中できないことも多いし、
それを嫌って参加しない方もいるのかも知れない。。。。
っというか自分がそれに当たる。。。
皆でするときは自分勝手なリズムでやるのは気をつけて控えていきたい。