2012年2月3日金曜日

SEIKYO online (聖教新聞社):どんな人のなかにも「仏の生命」がある――これが法華経のメッセージだ。

SEIKYO online (聖教新聞社):どんな人のなかにも「仏の生命」がある――これが法華経のメッセージだ。

どんな人のなかにも「仏の生命」がある――これが法華経のメッセージだ。しかし、これは難信難解(信じ難く理解し難い)。
日蓮大聖人は例えば「観心本尊抄」の中で、そのことを繰り返し強調されている
▼のみならず「汝之を信ぜば正法に非じ」(御書241㌻)とまで仰せである。〝今あなたがこれを信じたら、正法にはなりません〟と。
法華経のすばらしさを宣揚しつつも、法華経の教えはたやすく信じられるものではない、ということだ
▼その心は「軽信に陥るな。分かったつもりになってはならない」との戒め、と拝することもできるだろう。まことに、信仰の敵とは〝懐疑〟ではない。
〝軽信〟なのだ▼苦難に直面したとき――。祈り、戦い、乗り越えてこそ、人は自身の胸中に〈不屈の魂〉を実感する。
真心こめて励ました友が、見事に蘇生し得たとき、私たちはそこに〈大いなる生命〉を発見する。信仰体験とは、互いの〈仏性〉確認のためのドラマであろう
▼「難信難解」の4文字は〝難に鍛えられての信仰、難を乗り越えての理解〟と受け止めたい。だからこそ私たち創価の友は、
どんな苦難にも決して負けず立ち上がるのである。万人に仏性あり――その証明は、私たちの使命であり、喜びである。(克)