二足歩行によって人間の脳は発達したが、骨盤の変形で産道が狭まり、難産になった。だが、その逆境が“人間らしさ”を生んだという▼一頭だけで出産できるチンパンジーと異なり、人間の出産には、介助者、協力者が必要だ。それがDNAに組み込まれ、他の動物にはない「自発的な協力」を身につけた(NHK「ヒューマン なぜ人間になれたのか」)▼人は、誕生から他の人間の世話になり、一人前に育つまで多くの支えがいる。「育」という漢字の部首は肉月。上の部分は一説には、「子」を逆さまにした形で、子どもが生まれる時の様子。そして、赤ちゃんに筋肉をつけさせ大きく育てる。ちなみに「充」は、生まれた子が成長し、二本足(儿)で立てるようになった様。その時、親や周囲の人々は充実感を味わう▼子どもを、皆の励ましの輪の中で育てようという「教育のための社会」。その実現は、まさに人間らしさの帰着といえよう。池田名誉会長は「わが教育者に贈る」に「支え合い、励まし合って生きるのが、人間です。そこに人間性の源泉もあります」と綴った▼震災復興のキーワードになっている「助け合う」「絆を強める」「つながる」ことは、実は、人間を人間たらしめている根幹なのだ。(杏)
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しかし二足歩行でないときでも仲間・家族グループを形成し生き抜いてきたんだろうと思う。
他人との仲間、家族仲間この2点の形成意義には大きく隔たりもありそう。
日本の現代社会の生活レベルの発展の方向をみていると、
人間は本来あまり干渉されたくない生き方を実は望んでいるのではなかろうかと思うこともある。
それとも人間の無意識による反応として日本列島に1億人以上住むのは窮屈だと感じているのかもしれない。
なんとなくだけど。