2013年11月15日金曜日

SEIKYO online (聖教新聞社):「人間」は「じんかん」とも読む。

SEIKYO online (聖教新聞社):「人間」は「じんかん」とも読む。

「人間」は「じんかん」とも読む。人の間、すなわち〝人と人とのつながり〟〝世間〟をいう。
「ソサエティー(社会)」を、福沢諭吉は「人間交際」と訳した。名訳といっていい
▼私たちが目指す「人間革命」とは〝自己変革〟との意味とともに、人間の革命、つまり〝人間関係の変革〟という意義をも含むだろう。
世の不幸の大半は、人間関係が主因であるといえる。苦境打開の鍵の一つも、そこにあろう
▼本紙のコラム「マイ・ヒューマン・レボリューション(私の人間革命)」は、海外メンバーの信仰ドラマをつづる。
人生の軌跡は、それぞれに多彩だが、多くの場合、家庭・職場・地域等における人間関係の改善が、蘇生へのきっかけとなっている
▼関係性を変えるには、まず自分が変わること。自分が変われば、周りも変わる。相手を尊重すれば、相手もこちらを尊重しよう。
その意味で、主導権は常に自分の手中にある。まずは目の前の「一人」に、尊敬と励ましの笑顔を送ること。その自発の振る舞いから、
自己変革への新しい朝が始まる
▼〝孤島〟の岸を離れ、〝人間関係の大海原〟へ!
その勇気ある限り、自身の人間革命を目指す希望の航海は、いつでも、どこでも、誰にでも、可能なのだ。(生)

SEIKYO online (聖教新聞社):若芽22

SEIKYO online (聖教新聞社):若芽22

若芽22
優れたリーダーの要件とは何か。
それは、まず自らが、絶対に目的を成就すると決めて、率先垂範で物事に取り組むことである。
そして、自分と同じ思いで、共に行動してくれる人たちへの、感謝と配慮を忘れぬことである。

--------------------------------------------------------------------------------
配慮に欠けるときはまだ真剣じゃない本当の感謝が足りていないと肝に銘じます。

2013年11月13日水曜日

対話折伏こそ幸福の近道

汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か
(立正安国論、31ページ・編169ページ)
あなたはすべからく一身の安泰を願うなら、まず世の静穏、平和を祈るべきである。

頭でわかっていてもイザという時。

必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退く
(兵衛志殿御返事、1091ページ・編811ページ)
頭でわかっていてもイザという時にこの御文が頭に浮かべれれるか。
そして御本尊様の前に座れるかまでが、まずは勝負!
そのために日々の訓練修行が肝心なんですね。

2013年11月11日月曜日

意義深いこの時にもう一つ壁を越えねば・・・

「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」(御書310ページ)
かけがえのない人生を最高に充実させるために、あえて困難な道、鍛えの道を選ぶことが
仏法者の道である

2013年5月20日月曜日

森田実の言わねばならぬ 366

森田実の言わねばならぬ
平和・自立・調和の日本をつくるために【366】

SEIKYO online (聖教新聞社):心が通じ合うことは難しい。

SEIKYO online (聖教新聞社):心が通じ合うことは難しい。

「至誠にして動かされざる者は未だこれあらざるなり」孟子
仮に小さな誤解があったとしても、誠実な言葉と行動を重ねれば、溝は埋まると信じ断固勇気で前進あるのみ

2013年5月12日日曜日

SEIKYO online (聖教新聞社):「誠実こそ力」

SEIKYO online (聖教新聞社):心が通じ合うことは難しい。

「至誠にして動かされざる者は未だこれあらざるなり」とは孟子の名言。仮に小さな誤解があったとしても、誠実な言葉と行動を重ねれば、溝は埋まるものだ。「誠実に勝るものなし」「誠実こそ力」と決めて、対話の最前線に躍り出ていこう。

2013年4月11日木曜日

確信のちから


日本海側の港町を取材で歩いた。ある小さな食堂の入り口に、「旅人歓迎」と書かれた貼り紙を見つけた。旅の疲れを癒やそうと肩から荷を下ろし、そっと扉を開けたくなる……そんな心温まる文だ▼外の世界へとつながる大海原を見て毎日を暮らす、おおらかな人が書いたのかもしれない。そうした小さな出あいが、旅先の貴重な思い出になる。まして、見知らぬ土地で受けた恩ともなれば、忘れ得ぬ心の宝となろう▼一昨年の大震災直後、ある壮年が高齢の父と避難した。ところが途中、ガス欠で車が止まってしまう。雪降る外は氷点下。丈夫ではない父を守りたい一心で民家の扉をたたいた。「せめて、おやじだけでも助けてください」▼事情を察した家主が親子を招き入れた。2人は善意に感謝した。しばらくの間、お世話になり、元気を取り戻した父親が言った。「命拾いしました。お礼といっても大したことはできません」「でも、信心の話なら、いくらでもできます」▼仏法の話に興味深く耳を傾けていた家主夫妻と娘夫妻が、2年を経て、先月、入会した。良き出会いは、互いの人生を豊かにする。2組の夫婦は壮年親子との出会いを縁に、〝幸福への扉〟を開け、かなたに続く人生の旅へ力強く歩きだした。(代)

おもてなし

宿泊客が求めていることを、求められる前に提供する――。
石川県の、ある老舗旅館における「おもてなし」の定義だ。


2013年2月28日木曜日

SEIKYO online (聖教新聞社):勇将14

まさに今、家庭問題に直面している家族がいます。この箇所をうまく伝えてあげれたらいいのに。。」

SEIKYO online (聖教新聞社):勇将14


 「親子の断絶、また、家族不和は、決して近年の現象ではなく、遠い昔から、多くの人が悩んできた問題です。信心していても、娘や息子、あるいはお嫁さんとうまくいかない、夫婦仲が悪いなどといった悩みをかかえておられる方もいることと思います。
 この人間関係の亀裂を埋めていくものは、結論から言えば、信心しかありません。信心によって、自分の境涯を開き、生命を変え、人間革命していく以外にないんです。
 親も、夫も、兄弟姉妹も、子どもも、自分の置かれた現実であり、それは、宿縁によって結ばれているんです。その環境から逃げ出すわけにはいきません。
 では、どうすればよいのか。人間関係がうまくいかない理由を、周囲のせいにするのではなく、自分が変わっていくことです。
 たとえば、母親が人間革命し、子どもさんが〝うちのお母さんは最高だ!〟と、心から思うようになれば、子どもさんの母親への態度も変わり、親孝行するようになります。ご主人だって同じです。
 自分を見つめず、人間革命への努力もなく、ただ〝子どもが悪い〟〝夫が悪い〟と思っているうちは、事態を打開していくことはできません。日蓮大聖人は、『浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり』(御書三八四㌻)と仰せではないですか。仏法の眼を開くことです。
 わが家が、わが家族の人間関係が、和楽の方向に向かい、浄土になっていくのか、あるいは、険悪の方向に向かい、穢土になっていくのかは、わが一念にかかっているんです。
 自分を磨くために懸命に唱題し、家族を包み込む優しく大きな心、何があっても挫けない強い心、そして、聡明な英知を培っていくことです。最も身近な家庭のなかに、幸せの花を咲かせていくことが、地域の広宣流布の大きな力となっていきます」

2013年2月26日火曜日

SEIKYO online (聖教新聞社):勇将11

非常に反省する点が多く、また原点に帰らせてもらいました。


SEIKYO online (聖教新聞社):勇将11


懇談会では、「学会の組織では世代の交代が進み、私も若くして幹部に登用していただきました。経験豊富な指導部の先輩などに、どういう姿勢で接していけばよいでしょうか」という、婦人部幹部からの質問もあった。
 山本伸一は、微笑みながら語り始めた。
 「組織を担ううえで、大事な質問です。
 まず、何かを決める場合には、『どうでしょうか』と、先輩たちの意見を聞いていくことです。先輩たちが、無視されているように感じ、寂しい思いをいだくようになってしまえば、団結はできません。
 そのうえで、『私は、こう考えておりますが、先輩の目から見て、アドバイスがありましたら教えてください』と、先輩の意見を尊重していくことです。
 さらに、個人的にお会いして、『私について、何かお感じのことがありましたら、遠慮なさらずにご指摘ください』と言っていく謙虚さが大事です。そして、活動でよい結果を出せた時には、『おかげさまで勝利を飾ることができました』と、賞讃していくんです。口先だけでなく、心からです。
 指導部の先輩に限らず、かつて自分の面倒をみてくれた人や、一緒に戦った友人も、たくさんいるでしょう。役職的に、立場が上になったからといって、自分が偉いように思い、そうした方々に対する尊敬の心を失い、横柄な態度をとるようなことがあっては、絶対になりません。
 それでは、自らの愚かさ、人間としての浅薄さを証明しているようなものです。友人も離れていき、孤独になるだけです。
 〝私は、時を得てリーダーに選ばれたが、私以上に実力のある人がたくさんいる〟という考えに立つことです。
 要は、自分が接してきた同志を大切にし、好かれる人になることです。実は、それが名リーダーの大切な要件の一つなんです」
 伸一は、どの質問にも真剣に答えた。時には、自分の体験も披瀝した。忌憚ない語らいこそ、前進の原動力である。